・当時一帯は木瓜の木が群生していたので木瓜原(ぼけわら)遺跡と名付けられた。
・木瓜原遺跡は、7世紀末~8世紀初頭に製鉄・製陶(須恵器、土師器)から梵鐘の鋳造まで行っていた。
・遺跡は、琵琶湖との比高50mほどのなだらかな丘陵地帯の中に位置する。
・4kmほど南西に「近江国庁」が営まれていた。
木瓜原遺跡もその一環として律令国家建に大きく関与していた。
・発掘調査は13万㎡に及び、周辺に分布する一部の木炭窯を覗いては、ほぼ全体が調査された。